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洋食器コラム
 
 
■第11回  カトラリーの話■

 その奥には、かつて平家の落人部落があったという、信州伊那谷の狭隘な谷間の小さな村に、一軒の鉱泉があります。 そこでは鉱泉とは別に、普通の水をより活性化させるため、幾種類もの植物や鉱物をセラミック化させ、 その間に水を通すということが行われています。そして、こうして活性化された水を浄化するという重要な役割を負っているのが、 今回のテーマとも関連する『銀』なのです。

浴場内の説明によれば、 中世ヨーロッパにおいて銀は優れた殺菌力があると信じられていたため、 毒殺を怖れた王侯貴族はすすんで銀製のナイフをはじめ、フォークやスプーンを使用したとあります。 その上で、実際の銀の“減菌力”は「1000万倍の水を減菌する」能力があり、
「茶匙一杯の銀で2600万トンの水を減菌することが可能だ」
と具体的な数値を示して説明します。

真偽のほどを疑ってはいけないかもしれません。が、ともかくも2600万トンという数字は半端なものではないはずだと、 帰路近くにあるかなり大型のダムの最大貯水量を調べてみてみました。驚くなかれ、なんとそれは、 3000万トン!でした。眼前のダム湖の膨大な量の水を眺めながら、ただただ絶句するしかありませんでした。

 さて今回は、中世ヨーロッパの王侯貴族が好んで使用したという、銀製のカトラリー(cutlery=食卓用刃物類)の歴史や、 それらに関係したことについて書いてみたいと思います。余計なことですが、そのヒントが前述した鉱泉にあったというわけです。 なお、ここでは西洋史における中世を、一応5世紀から15世紀位までの範囲とみて話を進めさせていただきます。

わたくしたちは、日常あたりまえのように使用している箸が、日本の中世以前(鎌倉時代以前)から使われていたことを疑いません。 しかし、同じこの頃のヨーロッパで、はたして人々は華麗に銀製のナイフやフォーク、あるいはスプーンを使っていたのでしょうか。 実は、なのです。

食卓用専用であったかどうかは別にして、ナイフは他の二つに比べれば早くから食卓に登場したことは間違いありません。 しかし、次に来るスプーンは、早い地域では13世紀頃の記録があるとはいへ、普及というには程遠く、 料理先進国のイタリアを別にすれば早くても17世紀に入ってからでしょう。そして、フォークが登場するのは 14世紀のこれまたパスタの国イタリアですが、ヨーロッパの広い範囲で使用されるようになるのは、 スプーンと同じく早くても17世紀、あるいは18世紀に入ってからのことではないでしょうか。 ですから、イタリア(それも南部)を省けば、中世の王侯貴族の間には、
現在のわたくしたちが想像するようなスタイルの食事作法はもとより、カトラリーもなかった、と言っても間違いありません。

この件に関してよく例に挙げられる英国のエリザベス1世(在位1558−1603)も、 その孫の太陽王と呼ばれたルイ14世(在位1643−1715)も、少なくもフォークは使用してはいません。 何で食べていたかと言えば、手です。スープは、おそらくボールに直接口をつけて飲んでいたと思います。 仮にスプーンがあったとしても、せいぜい攪拌したりするための調理用だったでしょう。フランスでもまだこの頃は、 英国と大同小異でしたし、オーストリア帝国を率いるかのハプスブルグ家にあっても同じようなものだったと言えるでしょう。

 もっとも、では、中世の王侯貴族の食卓が貧相であったかといえば、もちろん決してそんなことはありません。 ことに大宴会ともなれば、今日では目にすることができないような贅のかぎりを尽くした料理、 それを引き立てる陶磁器など豪華絢爛な装飾品が卓上を飾りました。ただ、一人一人に個皿が配されたり、 そこに料理が供されたりするような現代と似たスタイルをとるようになるのはずっと後のことで、 18世紀も後半から19世紀以降のことになるでしょう。

 カトラリーの材質も木やブロンズ、銀、金、その他の金属と増えてゆきました。 英国では、「銀の匙をくわえて生まれてきた赤ん坊」という表現がありますが、 この国では子供が洗礼を受けるときスプーンを贈る習慣があり、そのスプーンが銀製であれば、 裕福な家庭に生まれた幸福な子供という意味で、このような言い方がされるようになったのだそうです。

そんな境遇に生まれなかった『ある若者』が、お金が貯まったら『マイセンの葡萄のコーヒーカップ』『クリストフルのパールのティースプーン』を買おうと心に決めたそうです。もたちましたが、 果たして『彼の夢』は叶えられたのでしょうか・・・??

文責:三沢 厚


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