| 「一割安の新デザイン商品」。6月28日の日本経済新聞に掲載されたこの見出しは、マイセンを代表するブルーオニオンの新しい
“ライン”を紹介する記事に付されたものでした。
あまたあるマイセンの傑作の中でもその筆頭こそブルーオニオン、と信じてきたわたくしにとって、たった一割程度のプライス低減が、
1739年から続く伝統あるオニオンパターンの亜流(と言ってはなんですが)の出現を許すに足る、十分な理由になるのだろうかなどと、 しばし考えこんでしまいました。もしも、マイセンのブルーオニオンの価格に抵抗感があって購入を躊躇している人のためだというなら、
そういう人は他のメーカー、例えばフッチェンロイターとかカールスバーグの製品を求めることもできるのです。それとも、今回の簡略化された
“新ライン”は、「とにかくマイセンなら」という人々に対して、ブルーオニオンが妥協した、ということでしょうか。
いやいや実は、ブルーオニオンの人気を計算に入れた、新しい商品の巧みな販売戦略なのだと解すべきなのでしょうか。
だとしたら、この日の日経の見出しはあまりいただけません。真にマイセンを愛する人々にとっては、 少しばかりの価格低減なぞが大した訴求力を持つとは思えないからです。
以前にも書きましたが、このオニオンパターンは、マイセンの下絵付けを代表する266年の歴史があります。
ケンドラーの作と言われるノイエ・アウスシュニット型のカップとともに、これほど世界中の人々に長く愛され続けたコーヒカップはありません。 それだけにたくさんのコピーが出回り、実にその数は一時60社にもおよびました。マイセンもその対策に苦慮しましたが、
1888年絵柄の中、竹の根元に双剣マークを導入することで、ようやく他社と区別できるようになりました。
また、少しずつとはいえクレッチマーの時代から比較すれば絵柄は変化していますが、今回のようにオニオンパターンを簡略化させる試みは過去においても行われました。例えばプレートのリムに描かれた果物の向きを変えたり、
コバルトブルー以外の赤やグリーンの色を使ってみたり、あるいは比較的経験の浅い作業者でも描くことができるようにと、 いくつかの修正も試みられました(素焼きの上に直接描くアンダーグレイズの方式は、作業工程が少なくすみ、
その上技術的にはあまり高度なものとは見なされず熟練工を使わなかったため、経営上のメリットが他の製品に比べて大きかったのです)。
しかし、これまでのブルーオニオンの歴史においては、1865年のカラーオニオンの登場だけが、そうした努力と苦労の中で花開いたたった一度だけの成功例なのだと、言ってもよいと思います。それだけに、今回の新しい絵柄は、「大いなるマンネリ」なぞと陰口をたたかれるることもあるマイセンにとっては、かなりの決断を要したことでしょう。
ヨーロッパの陶磁器の歴史は、最初から模倣、贋作の横行を許す歴史でもありました。しかし、そうした中から、
皮肉なことにたくさんの名作も生まれてきました。ヘレンドのバラの絵柄やインドの華、はたまた ロイヤルコペンハーゲンのブルーフルーテッドなどがその例ですが、これらのルーツは皆マイセンに行き着きます。
が、そのマイセンであっても、実は中国の景徳鎮や日本の柿右衛門様式を真似ることから偉大な歴史は始まり、
ウエッジウッドのジャスパーが大ブレイクした18世紀後半には、われらがマイセンもこれに追随せんとした過去を持っているのです。
こうした例にかぎらず、歴史と伝統に胡坐をかくことを止めた時から、また新しい潮流が生まれ、
時にはオリジナルを超えるような素晴らしい名品がうまれることもあるわけです。新しいオニオンパターンも、 今挙げたような先例の列に並ぶことができるのかどうか、期待を込めて見守りたいものです。
文責:三沢 厚 |