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洋食器コラム
 
 
■第6回 シノワズリー■
 洋食器に興味のある方なら、「シノワズリー」という言葉をどこかで目にし、耳にしたことがきっとあるはずです。一般には、「中国趣味」と訳されています。食器の世界のみならず、18世紀のロココ芸術はなやかなりしころ、その様式の一翼を担い、家具や室内装飾さらには建築の分野にも深い影響を与えました。

 バロックとかロココといったヨーロッパの美術様式に深入りすることは避けますが、ルーベンスベラスケスに代表される装飾性に富み、重厚で顕示的な17世紀のバロックに対して、18世紀を代表するロココはブーシェやシャルダンの絵画や、メッソニエの建築、ピノーの室内装飾のように、あくまで優美で軽快な印象を与えるのが特徴です。
 そのロココの時代にシノワズリーは一躍脚光を浴びたわけですが、美術様式にひそむ共通性を別にしても、古い時代からヨーロッパの人々にとっては、インドや中国に代表される「東方への憧れ」が強くありました。中国がセリカ(=絹)チャイナ(=磁器)なら、日本はジャパン(=漆器)が彼らのエキゾティシズムを魅了してやまなかったのです。有名なマルコ ポーロの「東方見聞録」やゴンザレス メンドーサの「シナ大帝国誌」はこうした人々に読まれ、さらに多くの夢や憧れがかりたてられていったわけです。

 さて、そのシノワズリーと磁器との関係についてですが、1709年にマイセンが開窯されて以来、ヨーロッパの代表的な磁器メーカーは、少なくともその初期においてはまず例外なく中国、そして日本の焼き物の絵柄を模したと言っていいと思います。これはかならずしも芸術的な要請というよりも、東洋風のイメージを帯びていなければ商品的価値を認めてもらえなかったという、ビジネス上の理由が強くあったと思われます。ヨーロッパで製作された歴史の浅い陶磁器よりも、はるか遠方の、ロマンあふれる中国や日本から運ばれてきた本場の製品の方が、価値や値打ちがあると思うのは当然すぎる話だったでしょうから、とりあえず中国や日本の陶磁器と、せめて外見だけでも似たような物を作ろうと努力したのでしょう。



ヘレンドのシノワズリで
最もポピュラーなポアッソン
 今日でもシノワズリーのイメージを色濃く残した製品が復刻され、また新たに作られてもいますが、その中でもマイセンヘレンド、そしてアウガルテンの関係には少々興味をそそられるものがあります。苦労して得た陶磁器の製法は、当然秘匿されようとしましたが、その秘法をマイセンから盗み出した男フンガーが、最初に持ち込んだ先がウイーン窯でした。すぐには上手くいきませんでしたが、かの有名な女帝マリア テレジアの庇護もあって発展します。しかし彼女の死後は長く続かず、1864年には閉窯に追い込まれてしまいます。それが第1次世界大戦後の1922年、女帝ゆかりのアウガルテン宮殿に、アウガルテンとして再興を果たし、直接的にも間接的にもウイーン窯の伝統を受け継ぐことになりました。一方ヘレンドは、陶磁器メーカーとしては後発(1826開窯)だったため、それまでに培った修復の技術に加えて、これまた古いウイーン窯の伝統や技術から多くを得て、やがてはヨーロッパを代表する高級陶磁器メーカーへと成長発展するわけです。ハプスブルグ家歴代の女王や王女の中でも最高の美女と謳われた、皇帝フランツ ヨーゼフの皇妃エリザベートが愛用した食器がヘレンド製で、同社のシノワズリーの中でも人気の高い「ゲデロ」は、彼女が愛した王宮の名にちなんで付けられたと言われています。

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